お蔭様で容態は少し回復し、2週間ほど前からトロみのある流動食が飲み込めるようになった。
数十年前なら、発症してから1週間か10日ほどで亡くなるところが、栄養剤と薬の点滴だけで生き延び、食べることができるようになるまで、医学は進歩したようだ。
祖母は頭痛がすることもときどきあるようなので、おそらく小さな脳梗塞や脳出血は再発しているのだろう。(延命治療はしないことにしているので、細かい病状を医師は診ていない)
「時間」「場所」「人の名前など」を認識する脳細胞は破壊され、祖母はいわゆる認知症の状態なので、日によってはっきりコミュニケーションできることもあるが、今日が何日で、自分が今どこにいるのか、話しかける相手が誰なのかなどは、わからないことが多い。
さて、考えなければならないのは、退院したあとのこと。
いま祖母がいるのは「急性期病院」というタイプの、治療が必要な患者がいる場所で、いずれは退院しなければならない。
完治するまで、または死ぬまで同じ病院にいることは、数年前に変わった現在の日本の医療制度では、できない。高齢者が増え続ける中、国の財源で老人医療を支えることは、不可能だ(とされている)からだ。
1 リハビリ型 医療施設
2 医療保険型 介護施設
3 介護保険型 介護施設
4 在宅介護
祖母の場合、大まかに1-3の空き状況を確認、1-4の料金を比較選択し、現在入院している病院を出ることになる。ただし、1-3の施設も数ヶ月の期限付きのため、最終的には
・特別養護老人ホームなどの施設
・自宅
で、最期を迎える。しかし、前者は何年も空き(=入所者の死)を待たされるので、結局は自宅で家族が対応せざるを得ない。
先日、マイケル・ムーア監督の「シッコ」を見た。米国の医療保険制度を取材・糾弾している、彼なりの愛国心溢れる映画だ。
もしあれがすべて本当だとして、日本が同じような状況になるのだとすると、将来は暗い。英・加・仏のように、適切な医療が無制限に無料で受けられる国を倣えないか、そもそも日本の制度はそれに近いものであったはず。 戻れる方法はないものか。
少し上の世代が高齢者になったら、自分が高齢者になったら、今よりもっと大変なことになる。
祖母は遅かれ早かれ亡くなるだろう。しかしこれを機会に、もう少し、社会保険制度を調べてみる気になった。
2 件のコメント:
>英・加・仏のように、適切な医療が無制限に無料で受けられる国を倣えないか、そもそも日本の制度はそれに近いものであったはず。 戻れる方法はないものか。
医療制度が今以上に崩壊するだけだと思います。
ドキュメンタリィ映画というものは、作者の主義主張に沿った情報を編集して作られます。マイケル・ムーアは特にそれを芸風にしていますので、Sickoを参考にするのはちょっとやめた方がいいです。
例えば、イギリスやキューバの医療の実態を意図的に隠していましたよね。イギリスは日本以上に医療が壊滅状態ですし、そもそもGP制度の説明がきちんとされていませんでした。
キューバはアメリカでは医学部に受からない学生の留学先として、大変有名です。腕の悪い医者がいれば「キューバの大学出たんじゃないの?」と普通に言うくらいです。
カナダの病院といえば「2週間待ち」が代名詞ですよね。
また、アメリカ国内で低所得者向けの医療費免除の制度があることも、医療費は病院と患者と保険会社とが相談して決めることができることも、悪者にされていた保険会社が加入者のために無料の病院をいくつも経営していることも、一切言及していませんでしたよね。
酷なことを言うようだけれど、あの映画で描かれていたことは、本当のことではありません。日本の老人医療に関しては、また別なところに問題があるような気がしますけれど。
ちなみに、イギリスの医療制度については、「イギリス gp 医療」で検索すると山ほど出てきます。
返信遅くなってごめんなさい。いろいろ、見えていない情報をありがとうございます。
「あれが本当だとして」と前置きもしましたが、都合よく作られていることも詳細はしりませんでしたが、わかっていました。
彼の映画は、「うまく編集するなぁ」と感心することが多いです。
当然ながら、どこにもパラダイスは、ないのですね。
老人問題に関わらず、医療費は財源の問題ではないかと、私は考えています。それをどこからひっぱってくるかで揉めているわけですが。
老人介護について言えば、現在の制度だとご存知のとおり、一人当たり、最低でも10-20万円が毎月かかります。(在宅、施設とも)
本人の年金や家族の収入でまかなえる家はいいけれど、この不況時では不可能な人のほうが多いのではないでしょうか。まして、「自宅で誰かが最期まで面倒みてください」となると、一人は確実に仕事はできないし(一人っ子で独身だったら大変)、「早く死んでくれ」ともいえないし、病院は安楽死はできないし。。。介護疲れの事件を聞くたびに、暗くなります。ニュースになっていない数のほうが、多いでしょうから。
亡くなった後も、葬儀や埋葬が無理な人が出て、そこらじゅうで遺棄事件が発生するのではないかと心配です。
老人医療の実情を少しでも知っている人は、私の考えを『甘い』といいます。でも、長生きを喜べないのは、やはりおかしいのです。夢のない社会では、次世代にも申し訳ない。
で、なんとか戻れないかしら ということを書きました。制度をそのままにする必要はないので、組み合わせを工夫できたらいいのになぁという意味です。
それにしても、主婦にしておくにはもったいない人ですねぇ、G.A.B. aka Kittyさん。またのご来店、お待ちしております。
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