4/27/2008

くじら Taist

子供だった30年前、スーパーで並んでいるパック入りの鯨肉を見て、「食べられるの?」の母に聞いて笑われた。

私にとってのクジラは、図鑑かテレビで見るだけの存在で、食肉としての感覚はまったくなかった。

大人になるにつれ、外国が「頭のいいクジラを食べるなんて、なんて野蛮な」と、日本を責めていることを知る。

「頭の悪い牛や豚は、食べてもいいの?そもそも、どこで判断するの?」と、言った友達がいた。

どちらの言い分も、間違っていない気がする。
世界の食文化をいくつか考えてみよう。

オーストラリアでは、カンガルーを食べる
高速道路で轢くこともよくある。車が壊れないように、バンパーの前にカンガルーよけを付けている。
*ホエールウォッチングは観光資源。クジラは友達。

欧米では、牛や羊の子供の肉が特においしい(仔牛、仔羊)。血のしたたるレアが好まれる。
(食用として飼育されている)

ヒンズー教徒は、牛を食べない。(神様の乗り物だから)
イスラム教徒は、豚をたべない。(不浄と定義されている)

韓国では、犬を食べる。(食用犬が飼育されている)

日本では、生きたまま魚を切り刻んで配膳したり、まるごと煮つけたりする(生きづくり、姿煮)。
(魚介類は養殖されている)
etc...

これらを残酷と感じる人は、ベジタリアンになり、野菜しか食べない
動いたり鳴いたりしないだけで、野菜だって生きてるのだが。。。?

食文化は『慣れ』
旅番組で「珍味」として紹介されるのは、サソリとかムカデとか、見た目では絶対食べたくないもの。しかし国によって、感覚は違う。子供のころから当たり前に食べているものならば、気持ち悪がって食べない人を気の毒にすら思うだろう。

たとえば米国では、ノリや昆布は海の雑草(Seaweed)なので、かつては絶対受け入れられなかった。カリフォルニアロールの海苔が、シャリの中に巻いてあるのは、見た目が気持ち悪くないように配慮した結果。

他者を殺し、その肉を食べて生き延びるのは、残酷かもしれない。でもそうしなければ生きられない限り、残酷と思うかどうかの境目は、はっきり決められない。

水族館で、ふと思う。
イカやカニの前で、「うまそうだ」と感じるのは、罪なのか。。。?

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ずっと前の話だけれど、T海大学付属水族館に行ったら、すべての水槽に

「食べると美味」

とか

「食べるに適さない」

とか書いてあったよ。
およそ日本人が食べないんじゃないかと思われる魚類にも。あれはきっとどっかのゼミの研究成果だと思うなw
なので、いいんじゃないかと思います~。

さんのコメント...

いらっしゃいませ。

学祭で、マグロの解体ショーやるところだっけ?(そういうことしか覚えてない)

見に来る人を楽しませるには、「食べられる」かどうか、も必要なのかも。

今まで行った水族館では、葛西のイカが一番おいしそうに見えた。鑑賞するだけとはいえ、魚屋や寿司屋と区別がつかなくなってる。ペンギンに「かわい~」と言ってるそばで、「おいしそ~」はないな。

でも、獣医学部や動物園では、その感覚がおきない。「パンダは食べられます」「ゾウは肉がやや硬い」「渡り鳥は鍋がいい」・・・

う~ん。